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【温泉大国ニッポン】外国人が驚嘆する「日本の温泉力」とは?

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だんだんと寒くなってきましたね。これから冬の時期には、あったかい温泉で心も身体もほっこり暖まりたくなりますよね。そんな日本が誇る文化、温泉。私たちにとって身近な温泉の力を、明治期に来日した外国人の視点から見つめ直してみましょう。

明治のインバウンドを牽引した"ONSEN"

全国のどこへ行っても外国人旅行者の姿を見かけることが多くなった昨今。実際、訪日外国人客(インバウンド)の数は急速に増え、昨年は2000万人近くに達しました。3年間で実に2倍以上に膨れ上がった計算です。インターネットなどを通じて日本のさまざまな文化が紹介され、脚光を浴びるようになったためでしょう。

今から100年以上前にも、日本の魅力が世界的に注目を集める状況がありました。開国後にやってきた外国人たちが、独特な日本の姿を世界に発信し始めたのです。当時訪日した外国人の多くは第一級の知識人であり、日本人が持つ独特の文化や美意識に驚嘆しながらも、これらを客観的に観察、分析する視点を持っていました。

その中でも注目されたのが、温泉の存在です。とくに幕末から明治初期にかけて来日した外国人は、ガイドブックやインターネットもある現代と違い、予備知識をほとんど持たずに日本の温泉と出会い、地域性や泉質の豊かさ、独特の湯治習慣、自然と共存した環境に感銘を受け、未知の文化「ONSEN」を世界に紹介したのです。時代を問わず、外国人たちが示してきた自然な驚きの中にこそ、日本の温泉の根源的な魅力があるのでしょう。

ドイツ人医師を魅了した草津温泉

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明治維新後、日本政府は西洋諸国の技術を学ぶため、さまざまな分野でいわゆる「お雇い外国人」を招きました。1876年に来日したドイツ人医師ベルツもそのひとり。西洋医学を伝え、日本の近代医学の父とも呼ばれた彼は、一方で、民間療法として受け継がれてきた「湯治」に強い関心を示しています。

ベルツは草津と伊香保に足繁く通い、さらに箱根の木賀温泉には「山荘ミハラシ」と名付けた別荘を建てるほど温泉に魅了されました。草津を最初に訪れたときは、「チロル地方の村落が念頭に浮かぶ」とその印象を綴り、今も草津の象徴である大噴泉・湯畑の存在に驚愕。「こんな土地がもしヨーロッパにあったとしたら、カルルスバードよりもにぎわうことだろう」と記しています(カルルスバード[カルロビ・バリ]は現在のチェコにあるヨーロッパを代表する温泉地。登別のカルルス温泉の名はここに由来)。

ベルツの医師らしい視点は、草津特有の入浴法「時間湯」にも向けられました。46~50度もの高温の強酸性泉に時間を区切って繰り返し入浴し、1か月ほど続けることで皮膚がみずみずしく再生する様子を、驚きとともに観察。そして、湯治の効能を西洋科学で裏づけ、より進歩的な入浴療法を実践する国営温泉施設の建設を政府に進言しました。

世界に発信された日本の温泉パワー

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火山が多く降雨量も多い日本は、豊かな高温泉に恵まれ、泉質も多種多様。ベルツと同じ頃に来日したオランダの薬学者ゲールツもこうした日本の温泉に興味を持ち、詳細な鉱泉分析を行いました。そして、温度・含有成分・効能・適応症など温泉療法の一覧表をまとめ、欧米に紹介したほどです。

温泉の泉質はその成分と含有量によって単純泉や塩化物泉など11種類に分類されますが、強い殺菌性を持ち、皮膚にもよい強酸性泉は世界的にも珍しく、草津や秋田の玉川温泉などがその代表です。同様に硫黄泉も強い殺菌力が特徴で、お肌への効能が謳われるため、日本特有の温泉としても人気です。ベルツらより少し前の時代、長崎・出島のオランダ商館医を務めたドイツ人シーボルトも、強い酸性硫黄泉を持つ雲仙温泉の魅力を海外に伝えています。

明治時代に滞日した異国の医学者たちが驚嘆した日本の温泉の豊かさとパワーは、間違いなく世界に誇れるものといえるでしょう。

女性旅行家は日本流の「おもてなし」に感動

江戸から明治期の温泉は湯治の場であり、観光や旅の要素として定着するのはまだ先の話。そんな時代に日本各地を訪ねて回ったのが、当時、欧米でも珍しかった女性旅行家のイギリス人イザベラ・バード。1878年に来日し、東京から北海道までの大旅行を敢行しています。

日光湯元温泉では初めての温泉旅館に感嘆し、「この宿屋は、内も外も美しい。旅行でよごれた人間よりも、美しい妖精が泊まるにふさわしい」と綴っています。旅館の木の香り、畳の感触、着物姿で茶を運ぶ女たちの所作など、異国の女性の目にはどれも魅力的に映ったようです。軒下に提灯が並ぶ温泉街は青い手ぬぐいを持った人であふれ、近くの湖には屋形船が浮かび、三味線の音が優雅に響く。風情ある当時の奥日光の情景も活写しています。

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バードの旅は、日光から会津、新潟を経て山形、青森、そして北海道へ至ります。山形では上山かみのやま温泉の会津屋に泊まり、庭にあった浴場で「お湯に心ゆくばかり浸る」と温泉を満喫しています。バードは女将の優美な振る舞いに感心し、そこが300年続く宿であると聞いて、伝統を守るプライドを彼女から感じたといいます。バードが泊まったのは古い蔵座敷の部屋だったということなので、感慨はひとしおだったでしょう。日本の温泉地には開湯時から続くような歴史の長い宿が多くあり、そうした老舗の伝統が温泉地の情緒や風格を生み、現在でも、多くの旅行客を引きつけています。

また、バードがその夜、部屋で旅の行程をまとめているとき、旅館の女将とその娘たちが、蚊を追い払うために「一時間もがまん強く扇であおいでくれた」といいます。現代の外国人観光客も旅館の心くばりに驚くようですが、日本流の「おもてなし」は、バードが旅した時代と変わらない良さなのでしょう。

木のお風呂で日本情緒に触れよう

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バードと同じ頃に来日したアメリカの女性ジャーナリスト、エリザ・シドモアは、温泉の浴槽の多くが木で造られていることにふれ、アメリカのそれより「はるかに快適で、木製は湯を温かく保ち、肌触りがとてもいい」と絶賛しています。青森ヒバをふんだんに使った酸ヶ湯すかゆ温泉の「ヒバ千人風呂」をはじめ、古き良き時代の湯治場の雰囲気を伝えてくれる木の浴槽は今も多くの温泉地で見られ、日本ならではのしっとりとした情緒を醸し出しています。

このような明治時代の外国人たちが出会った温泉の力は、世界に自慢できる大切な日本の宝。そんな「温泉大国ニッポン」に生まれたことを感謝し、今年1年の疲れをいやしに、また、活力あふれる新しい年を過ごすために、温泉パワーで心も身体もリフレッシュしに行ってみたいものですね。

日本が世界に誇るONSENの魅力を再発見しに出かけよう!

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